今週末で、とうとう東日本大震災から1年になります。各地で色々な追悼行事や慰霊式典が行われると思います。
地震の記憶(1)を書いてから、大分立ってしまいましたが、続きを書こうと思います。
〓海浜幕張駅の前は、液状化
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ビルの3階から外に出て、駅へ向かうと、砂埃がとてもひどく、なぜだろう?と思ったのですが、原因はすぐにわかりました。
液状化現象で、埋めた土砂が水と共に湧き出て、それが乾燥したのが車等の走行で巻き上げられていたのです。ここまで細かい砂になんだとその時はじめて知りました。
液状化で、歩道等はボコボコしてとても歩きづらく、つまづいたりしながら駅まで歩いたのを覚えています。
〓既に回復作業中だった
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液状化が起こっている事がどうやって知らされたのか分かりませんが、すでに、土木工事が始まっていたのは本当に驚き、地震が起きて一日も経っていないのに、この機動力は凄い!と感心&感謝しました。
その時の写真

アスファルトの地面が砂だらけなのが分かると思います。そこに水をまいて固めたり、大きくズレて危ない石をどかしたりしてくれていました。
〓駅の入り口は閉鎖。バス等を使い3時間
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先程の写真は海浜幕張駅前なのですが、駅はシャッターが降り、完全に封鎖されていました。総武線が少し動き出しているという情報は知っていたので、動いているバス利用して京成幕張駅まで行き、京成で千葉まで出ました。
バスに乗っている間も、同乗している人の携帯から、あの嫌な地震速報の音が連発し、道路には亀裂や、液状化の跡が見られました。
幕張から千葉までは1時間半くらい掛かりました。そして千葉駅につくと、本当にたくさんの人が、足を止められていました。千葉から先の電車が動いてなかったのです。
しかし、こんな時でも強さを発揮したのがモノレールでした。千葉都市モノレールは、電車が止まるくらいの台風でも動いている事が多く、今回もモノレールは動いていました。自宅の最寄り駅はこのモノレールが乗り入れしているので、帰る事ができました。
モノレールで帰る前に、お腹がすいたのでラーメンを食べたのを思い出しました。どんな時でも腹は減るものですね(苦笑)
〓家は無傷
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モノレールで移動中、ようやく地元と家の心配をし始めました。駅をでたら、大変な事になってるのかな?買ったばかりのテレビや出しっ放しの食器など、どうなってるのかな?とちょっとげんなりしながら、駅の階段を降りてびっくり。
普通に犬の散歩をしている人がいました。駅前も特に道路にひび割れの後もなく、店も通常通り。各家の塀が崩れている様子もありませんでした。
海浜幕張の現状を知っているので、何事も無い状況を、逆に不思議にすら感じていました。
家に帰ると、なんと家も、家の中も無傷。何一つ落ちていませんでした。ビルで大揺れを経験していたので、この差はなんなんだ!と驚いた反面、ほっとした瞬間でもありました。
〓福島第一原子力発電所、水素爆発
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余震ばかりに気を取られていたのもつかの間、衝撃的な映像が流れてきました。そうです、原発事故です。目を疑うような光景がテレビやネットで流れ、その衝撃と不安が全国に一気に広がりました。
自分はすぐに、テープと食料を買いに行きました。テープは放射性物質に対する目張りをする為、食料はしばらく家にいる可能性がある為に、その分の買いだめしました。早速目張りをして、情報収集。
同時に、ネットで色々なものを買いました。ソーラー電池やシングルバーナー等、多少、地震や停電せいにして以前から欲しかったものを勢いで買った物もありますが(笑)
特にソーラー関係のものはもの凄い高騰したのを覚えています。
色々な状況から、会社に行くのが難しいだろうという事を思ったので、代表に、「しばらくの間、全員自宅勤務をしたらどうでしょうか?」と提案しました。代表も二つ返事で了承してくれました。
そして、停電もはじまりました。結局自分の地区は停電になるなるといってなりませんでしたが、人生で一番節電した気がします。
同時に、自分ができる範囲で支援をしました。寝袋を新調してそのまま福島に送りました。また、自分が住んでいる千葉も被災地だったので、県庁に問い合わせして「余っている服等があるので、送れないか?」聞いた所、古着などは受け付けられないという解答でした。
ただ、とても丁寧に対応してくれたのを覚えています。あの状況でも対応してくれた方には感謝しています。
〓一週間自宅勤務、そして徐々に普通の生活へ
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結局、一週間自宅勤務という形になり、Skypeやクラウドを使い、会社で出来る事はほぼ出来ていました。相変わらずソーシャルメディアも力を発揮。ネットの技術がこんなに心強く思えたのは初めてでした。
それとは反対のアナログ(?)で、マンションの、今まで話をした事のない隣人さんとも話をしたり、コミュニケーションを取るようになりました。
かなり不安だったようで、ずっと話をされていました。聞いていると少し落ち着いてきて、とにかく何かあったら自分はずっと部屋にいますので、という事を伝えました。
メディアを通してだけでなく、直接の人との繋がりも、更に重要なんだという事を改めて認識した瞬間でした。
〓情報の錯綜と不安
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一週間の間も色々な事が変わって行きました。テレビでもネットでも、めまぐるしく情報が流れ、それを精査する為のリテラシーも必要になってきました。
どれが本当でどれが正しくないのか。なにを信じていいのか。中には時間をかけても本当にわからない事もありました。
たくさんの情報の中で、買いだめの情報が流れました。不安の中で、食べ物が買いだめされているという事でした。あまり気に留めてなかった情報だったのですが、丁度昼時だったので、お昼を買いに近くにのスーパーに行ってみると

事実でした。この光景はさすがに異常でした。中には物資を送るのにまとめ買いする人もいたようでしたが、過ぎる不安というのは本当に質が悪いものだと感じました。
こうした状況の中、少しづつ普通の生活に戻り、職場にもいけるようになりました。
〓あれから一年
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早い物で、あれから一年が経とうとしています。本当に昨日の事のように思い出します。
そして原発問題は未だ解決の糸口すら見えず、怒りや不満が一層募りつつあります。
更に福島や宮城に住んでいる方の移住先の問題や、瓦礫処理の問題、保証の問題など山積した問題は未解決のまま。
今だに時間が止まったままのように進展が見えません。また、更なる地震の恐怖もあります。
本当に先が見えないまま、一年が過ぎようとしています。
経験した事は教訓にはなりますが、あまりいい教訓とは言えません。せめて原発の問題でも解決してくれれば、大分違うのかなと、本当に思います。
この一年は、少しでも希望が持てるように、国には動いてもらい、個人でもなにかしていければと思っています。
最後に、東日本大震災により、お亡くなりになった方に哀悼の意を捧げると共に、被災された地域の皆様に謹んでお見舞い申し上げます。